1950年代の日本は,
STANDARDのみのダンスであったが
より高度のイングリッシュダンスを追求し、
英国に渡る。
スタンダードの巨匠
ソニービニック
ジャックマクグレガー
レンスクリブナーに師事する
ラテンの巨匠
ウォルターレアードに師事。
海外での 競技会では、
日本の成瀬として脚光を浴び
各地でのデモンストレーションに招かれ
「Mr,toki」
「日本の成瀬」と賛美
され活躍の場を得る。
デトロイド新聞社の取材掲載には、
賛美そしてジャパーンの名前を広めてくる。
帰国後水道橋にお教室を独立開設
大学の競技会において学連の指導にあたり
毎年優秀な成績を残す
ダンス会において審査員の指導方法、
試験の基準方法等を
世界基準のレベルま
で引き上げ、
世界のジャッチをも努めその功績は
多大なものである。